神宮寺勇太くんがデビューしたよ!記念日

2018年5月23日、神宮寺勇太くん、デビューおめでとう。

 

じんちゃん初めてのデビュー記念日に、わたしのはてブロもデビューしてみました。(きっと二回目はない気がする)

 

 

今までの、Jr.担だった期間を文字にして整理して、これからのヲタク生活も頑張ってゆこう!というブログです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じんちゃんを好きになったのは2013年秋、そのころ私は中学生アラシック(害悪臭)だった。VS嵐嵐にしやがれを毎日リピートして、ただでさえ露出の多い嵐のTV誌を欲しい分だけ買い、BのLに目覚め、今では絶対に呟けないようなヲタクツイートを平然とリア垢で呟いてしまう、もう最悪だ思い出したくない

 

 

 

 

そんな時にセクシーゾーン担のお友達にJr.を片っ端から紹介され、じんちゃんに目が留まったとき「あ、この顔好き」・・・その後見事沼入りを果たした。  その直後の少クラを見て更に沼の深部へ。なんせ露出が少ないからその少クラだけを永遠とリピートした。それはセクボのDestinyとGOLDの回だったけど、初めてであのパフォーマンスを見れたのは運が良かったかもしれない。

 

 

そこから中学生のあり余った勢いで、嵐に向けていた情熱を一気にじんちゃんに傾けた。

 

 

初めての現場はジャニーズトニトニワールドだった。トニトニっていうワードの懐かしさとヒロムの黒歴史感・・・ ここで初めてじんちゃん、というか若手ジャニーズの現場を経験して雰囲気に圧倒される田舎の中学生。まず帝国劇場の品の良さえぐいね?!そんでヲタク同士の牽制しあってる感の圧なにこれ?!もう怖い帰りたい!!と思っていたところに合流した同行者のお姉さんがすごく優しくしてくれたことを覚えてる。こんな場違い田舎娘の私にお菓子やジュースを奢ってくれて、東京駅まで送ってくれた(優しい)。そのお姉さんとは今でも連絡とったり会ったりして、じんちゃんが繋いでくれた大切なお友達です陳謝

 

 

 

後はガムシャラSexy夏祭りも楽しかったなあ!私の大好きな初代チーム者のファンカッションが見れた。ガムシャラが始まって以来の長期企画で、4チームの中の1チームにじんちゃんがリーダーとして任命された。セクバの中のリーダー的存在ではあったような気がするけど、まとめ役というイメージが無さ過ぎたので「ちょ、じんちゃん大丈夫!?」って心配した。けど、それも無駄になってくれた。もちろんじんちゃんのリーダーとしての元々のポテンシャルも高かった、でもそれ以上にじんちゃんの持っていた優しさが一番伝わりやすく一番響きやすい形で見えた。

 

 

 

 

 

ここらへんから国民的彼氏というキャッチフレーズがついて、じんちゃんのキャラの転機になっていった。チャラ宮寺(死語?)出だった私は受け入れるのに時間がかかってるし、なんなら今もまだ理解できない時があるけど、じんちゃんが素に近いって言ってるからいいや~

 

初代チーム者のみじゅきたじーれあたんまつくとみねちゃんは本当に最高にペロいメンバーでした

 

 

 

 

 

その後にセク鬱期と半分巻き込まれ役(偏見)としてのセクシーボーイズ結成があった。セクボもセク松も見てると心が痛むけど、その中で頑張るじんちゃんが大好きでした。トラフィックジャムは名曲。マリウスメインだったことで慣れない発音の洋楽を歌ってたじんちゃんは至高。

 

 

 

 

 

その来年の夏にキンプリの結成が決まり、特別公演が始まった。最初はじんちゃんの立ち位置を脅かす関西勢怖えwwと思ってたけどいつのまにか感情移入しまくりで大好きになってた。サマーステーションもテレ朝夏祭りの宣伝曲だろうな、と思ってたのに聞けば聞くほどエモい。なのに「またすぐ会えるよ!」というじんちゃんとかいちゃんの言葉を信じてたらいつの間にか解体してたアハアハ ・・・とか笑い事でなくてその後露出は減るわ、KINGは推されだわ、ジャニワにも出させてもらえないわでメンタルが死にました

 

 

 

また会える、っていう期待させる発言が嘘になってしまったことをじんちゃんはきっと律義に自分を責めていたんだろうなあ きっとファンが心配するよりもずっと本人たちが不安だよなあ と考えると胸が痛かった。確かちょうどその時期、ポポロの風磨くんのお悩み相談室に「成人になっても未来が見えず不安です」という某岸さんからのリアルなお便りが届いたりもして、やっぱり・・・とアイドルを見て落ち込む時期でした

 

 

 

 

 

 

でも、そのどん底も武器に変えていったのがプリンスだった。そこからパフォーマンスに一体感というか、仕上がってる感が出てきて、ああこの三人は絶対離れないんだろうなあ、ってぼんやりだけどそう思えるようになった。

 

 

 

とにかく現場がないプリンスだったから、パフォーマンスが見れるのが少クラだけだったけど、今考えるとあれを現場で特定のヲタクだけが見るのはもったいないから正解だったのかな

 

 

 

私はMessengerがお気に入りでした。OPもEDもクリエのポスターもあの青い衣装ばっっっっか着せられてたのも不憫だったけど、それも今になるといい思い出だなあって美化できるのもデビューのおかげだね

 

 

 

その後のプリンス単独クリエも運よく行かせてもらうことになりました。ポスター見たときに「え、ハイハイと大きさ同じじゃん!!!推されやん!!!」と若干沸点低めで(オイ)喜んだりもした。クリエの感想はもう文字にできないけど、日比谷にてプリンスを、神宮寺くんを一生守り続けていくことを神に誓った・・・ことをかろうじて覚えてる

 

 

 

そのあとはひらプリ括りが多くなって夏も秋も一緒にいたことで、平野くんのプリンスへの信頼がどんどんどんどん大きくなっていくことが雑誌や遭遇情報()から伝わってきて嬉しかった その後もキンプリが復活することはなかったけど、プリンスでも、3人でもグループとして満足してたから不安はなくって

 

 

 

 

そして少クラでの Prince Princess 初披露があった。ストンズにどんどんオリ曲ができてるのにどうしてうちの子にはないの?!?!とヒステリックになりながら待ってたけど、待った分ものすごい良曲来た・・・もちろん歌詞とメロディーは甘々なんだけど、それに加えて3人が優しい目をしてお茶の間を見てくれてて・・・この子たちは育ちも周りの環境も恵まれてここまで生きてきたんだなあ 尊いなあ って 初披露の時からこの曲は大事な大会や試験の前に必ず聞くようになって、私の人生の大事な一曲になってるよ、って伝えたい。

 

 

それとJr.祭りで温めまくってきたプリプリの2番を出してきたこと、策士・・・!

 

 

 

そこから私は受験期に入り、じんちゃんに会いたいじんちゃんに会いたいじんちゃんに会いたいと思いながら机に向かった。好きになったころから、勉強も部活も、じんちゃんに会うために頑張ろうって、じんちゃんがすべてモチベーションになって 今の自分の70パーセントくらいはじんちゃんでできてるといっても過言ではない(と言いたいだけ)

 

 

本当にアイドルが与えてくれるパワーってすごいなあ

 

 

 

 

そして受験真っ最中、キンプリデビューの知らせをツイッターで見た。突然。頭が真っ白で、息の仕方を忘れたままトイレに直行して泣いた。もちろん、じんちゃんが素晴らしいってことがデビューって形で認められたのは嬉しくて、それよりじんちゃんが嬉しいって思ってることが何よりうれしくて、だけどなぜか空っぽな気持ちでいっぱいになった。なんでだろう、いまだにわからないけど、ただ寂しかっただけなのかな

 

 

 

 

今も朝からじんちゃんをテレビで見れる日々が現実とは思えないけど、デビューってすごく楽しいことだなって思えてる。CD買うのも、ゴールデンタイムに音楽番組出るのを見るのも、雑誌の表紙がじんちゃんたちの顔で並ぶことも、こんなに奇跡!恵まれてる!楽しい!と思えるのはJr.担、それとPrincessやってた人の特権だ

 

 

 

 

 

じんちゃん、改めて、デビューおめでとう!

 

 

じんちゃんがJr.で活動した8年間は決して短いものではないし、じんちゃんの人生の中でも濃い期間だったよね?最初は中学生で、ただ真っすぐにデビューしたい、かっこよく輝きたい!で入所したであろうじんちゃんが、迷って、強くなって、また迷って、その分強くなって、の過程を見れたことの価値ってすごいよねきっと

 

 

 

ありがとう、私も私以外のみんなも、じんちゃんに何回も助けられてるよ

 

 

 

 

 

 

 

大好き!